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「お母さん、アメリカに留学したいんだけど…」
「どこでも行ってきたらいいじゃん」
と冗談のような会話で始まりました。日本を離れて、その土地の文化や言語に触れ、一年間アメリカでお世話になる家族と生活することは、これからの人生にきっといつか大きな影響を与えてくれる、また少しでも広い視野で物事を理解できる人になってくれたら、と思い二つ返事で決まりました。不安も少しはありましたが、留学の為の試験や色々な手続きを周りの人の助言を頂きながら自分でこなしていく娘の姿を見ているうちに、留学先でも何とかやっていけるだろうと、のんきなことを思っていました。
いよいよ旅立つ日、だんだん小さくなっていく飛行機に向かって、とにかく飛行機が無事LAXに到着することを、ただひたすら祈り続けました。
アメリカでの生活はホストファミリーにも恵まれ、最初は楽しいそのものだったようです。ホストファーザーは弁護士、ホストマザーは理科の教師、彼女にとって頼りになり、気が合う両親が二倍になったことはとても幸運だったと思います。
連絡は、メールは週に一回、国際電話はだいたい月に一度していました。高校での教科選択をするにあたって、ホストファーザーから「心理学は難しいよ」と忠告があったのにもかかわらず、娘はドロップ・アウトを選びませんでした。そのため猛勉強をした話も耳にしました。渡米して2、3ヶ月たった頃、ルームメイトとの問題がありました。彼女はメキシコからの留学生でしたが、性格が全く反対のふたり、習慣のギャップや考え方でかなり悩んだ様子でした。学生時代は気が合う子たちが自然に集まり友達ができます。しかし社会に出たらそんな訳にはいきません。どんなに相性が合わなくても自分を上手くコントロールすることが必要です。我が家は親子二人暮らしだったので、お互いに好き勝手な生活をしてきました。渡米後、娘がそのような状況に陥って、悩んで悩み抜いて苦しんで、また周りの人たちと話し合ったことから色々な事を吸収できたことは、とても良かったと思います。また、私自身も人と人との出会いを大切にしたいと、改めて気付きました。
帰国を目前にし、私は一年間娘が暮らしたバージニアを訪れることができました。空港で一年ぶりに再会する嬉しさと、迎えに来て下さったホストマザーには「ありがとう」の気持ちで涙が止まりませんでした。翌日、鳥の囀りで目を覚まし、娘に連れられワシントンD.C.を観光。地下鉄に乗るにも食事をするにも娘の後を付いて行き、そんな後ろ姿が見た目にも内面的にも逞しく思え、この時ばかりは親と子が逆転していました。
帰国して半年経った今、ホストマザーとNYを旅行した時、一枚の絵と出会い、将来進もうとする目標を見つけたようです。それに向かって頑張れる日々を送れることは、ただ見守ってきただけの親として、本当に支えて頂いた周りの方々に感謝の気持ちで一杯です。彼女は、自分の人生を切り開こうとする力を確実につけて帰ってきました。
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